生活と思想

今君に素晴らしい世界が見えますか

春になって夏を待って深い眠りが覚めた頃に

 

長く生きていると、自分が大きく傷ついたり何かが変わるきっかけになったりしたような出来事以外は意外とあっさり忘れていたりする。ふとした拍子にそれが思い出される。きっとそうやっていかないと長くは生きられないのだろう。とくにわたしは人より忘れっぽいような気がする。出来事だけじゃなくてそのときの感情も長く持っていられない。だからこうやって残しておく必要があるし、ときどき自分で読み返して確かめなくてはいけない。

色んな人と出会って、少しでも自分と合わないなと思ったら全員さようならしてきた。それでも困ったことがなかった。残る人がほんの少しでもいたらそれで良かったし、1人でなんでも出来るようになっちゃったから寂しくもなかった。

でも確実にわたしの人生にその人たちは関わっていて、もしそのさようならしてきた誰かと今でも仲良くしていたら、きっと人生は大きく変わっていただろう。いま出会っていた人とは出会っていなかったかもしれないし、住んでいる場所も違ったかもしれないし、わたしの見た目も中身もまるで違っていたんだろうと思うとちょっと、いや、とても怖くなりませんか。勝手に想像して怖くなって考えるのをやめた。

色んな人たちとさようならしてきたおかげで友達が全然いなくて、別れた過去の恋人たちは完全に赤の他人となり行方はお互いに知らないことになっており、24歳のわたしにとって人間関係というのはここ数年で出会った今周りにいる人達がすべてだ。そのたまたま残った友達だってめちゃめちゃ仲良しかと聞かれればそういうわけでもなく、相手からすればわたしは優先順位の低い人間だということをよく分かっている。職場では頑張って仕事をするけど、単に仕事を押し付けやすい人間で好かれているのは表面上だけだということも。それでも生きていかなくてはいけない。

わたしが人を大切にするのが下手くそだから、自分を傷つけないように自分のことばかりを守ってきたから、こうなってしまったのは仕方がないことだと思う。今周りにいる人達の中でも出会えてよかったって思える人が1人でもいたら、もう十分なんだと思う。こうやって生きてきて反省して、偶然にもたくさんの人の人生に関われる仕事に就いて たくさんの人を幸せにしたいと思えるようになった今の自分がとても良い状態だと思う。そういう今の自分を否定せずに支えてくれる家族と、数少ない友達と、恋人がいたらもうそれ以上望むことはない。お金はもっと欲しいしお金があればあるほど人生は良くなっていくと思いますが…。そして大きい犬を飼えればなお良いとは思いますが…。

とにかく今がこうで良かったなぁと思う。明日のことも1ヶ月後のことも、わからないけど、でもこんな感じが穏やかに続いて少しずつ死んでいくのがわたしの夢なのかもしれません。大切な人と大きな喧嘩をしたり、辛いことがたくさんあったけど、最期はハッピーエンドでした!なんてそんな映画みたいな派手な波乱万丈は望んでいない。このまま、このまま、大切な人もわたしも悲しい気持ちにならないように。それがどれほど慎重さが必要なことだとしても。丁寧に、優しく、冷静に、サボらずやっていきたいと思います、生活。そんなことを波乱万丈な恋愛映画を見て考えたりしたんだ。喧嘩をしないと成長できないとか、仲が深まらないとか、そんなのは全部迷信だって笑ってやろう。悲しくなる言葉を使わないで生きることはできる。もう何も言わないでさようならなんて誰ともしないし、むしろどんどん人を好きになってたくさん友達作ろう。うん、そうしよう。せっかく人間になれたから。たくさんたくさん遊んでもう動けないよー!ってなってから死のう。

なんの話したかったのかまた迷子になった。生活はとても良い状態ですという報告かもしれない。悪いことなど起こらずこのまま死にたい。

2019年の旅行の話

 

毎年のことだが年末になると一年あっという間だったなあと思うけど、今年は特に早かった気がする。仕事もやることが多く、バタバタしていたからだろうか。

 

今年の全てを振り返りだすとキリがないから今日は、一番好きな旅行についてを書きます。一体何回にわたって2019年の話をするつもりなのか。わからないけど。

 

 

1月1日。年越し夜勤の休憩中に思いついて成田行きの航空券を買った。平和に夜勤を終えて仮眠することなく元旦の昼すぎに東京へ向かい、初詣ツアーをしたのが2019年の始まりだった。1月って東京でも寒いんだと知った。思い返せば、愛宕神社の出世階段を登ったから今年は仕事で色んなことをさせられたのかもしれない。並び初めは明るかったのに、お参りするころには真っ暗。東京タワーが赤く光る。1月2日、東京大神宮で赤福。甘い。配ってたカイロで暖を取る。浅草寺以外の神社は割りとスムーズにお参りできた。

 

1月の下旬に初めて神戸へ。小さめの空港が可愛い。ICOCAを買う。メリケンパークオリエンタルホテルという海沿いの高級ホテルに1人で泊まって、喫茶店や古着屋さん巡り。おしゃれな街。夜の中華街が綺麗。神戸牛ステーキがとても美味しい。ここもやはり1月は寒い。雪が降っていた。縁結び神社で神様に手紙を書いた。神様はいる。神社の人に北海道から来ましたと言ったら、色々話してくれた。内容は忘れた。一期一会。神戸のことめっちゃ好きになったからまた行きたい。

 

2月終わりに、初めて友達と飛行機に乗って旅行をした。初めての山形県銀山温泉。ここも高級な旅館。宿泊費は高かったけど、温泉街が千と千尋の神隠しの世界みたいで可愛かったので行ってよかった。2日目、赤湯ラーメン。もちもちの麺が美味しい。夜は友達が先に寝てしまったので、1人で日本酒を飲みにでかけた。顔を真っ赤にしながら美味い美味いと言った。山形は想像以上に田舎。今度は夏にレンタカーを借りて遊びたい。

 

5月は久しぶりの東京だった。原宿で美容師のお姉さんに声をかけられて嬉しくなって、お店について行ったら金髪から茶髪にされた。新宿御苑で散歩、気持ち良い暑さ。下北沢でカレーを食べて、夏の古着を買った。東京はもう、夏だった。アキバのミルクスタンドで瓶の牛乳を飲んだ。常連のおじさんたちは一気飲みするが、わたしはそうするとお腹を壊すのでチミチミ飲んだ。瓶は返却。北海道に帰ってくると、のんきにまだ春をやっていたので早く夏になりなさーい!と叱っておいた。

 

7月は、15年振りにディズニーシーへ行った。誕生日だった。オズワルドの耳をつけて、首から光るアリエルのおもちゃをぶら下げて歩く。タピオカを飲んだ。アパホテルに初めて泊まって会員カードを作らされた。次の日は日比谷公園相対性理論のライブを見た。目が悪すぎてやくしまるえつこの顔が見えない。暑い。とにかく蒸し暑い。夏。梅雨でも晴れ女パワーで雨は降らない。帰る日は博物館で恐竜の骨をみた。

 

8月もまた東京にいる。人生初めての転職活動。交通会館の地下のローヤルでタバコを吸いながら履歴書を書く。八割くらい書けたところで毎回誤字をする。何枚も書いた。途中で老夫婦が来店するが禁煙席がないと知り、帰ってゆく。来るのはサラリーマンばかり。パスタが美味かった。江戸川区。川がでかい。久しぶりのリクルートスーツは似合わない。面接をした病院は綺麗だった。まだ本当に転職する実感がない。

 

9月。横浜スタジアムSuchmos。横浜について初めて台風が来ていることを知る。めちゃくちゃ雨に濡れる。Suchmosも濡れていた。泊まったホテルの共有スペースにあるテレビで連ドラの最終回をみてるひとがいたので、知らんけど一緒に見る。床に寝っ転がって電話。面接がんばれそう。台風の暴風にビビりながら眠る。台風が去るとめちゃくちゃ晴れてかなり、だいぶ、北海道じゃ有り得ないくらい、暑い。東京の本気の夏。本命の病院の面接に行く途中で猫を撫でる。東京の猫は愛想が良い。面接後に中野ブロードウェイポケモンを捕獲。暑すぎてかき氷を食らう。散歩。台風の影響で帰りの飛行機が2時間遅れ。そんなときに限ってイヤホンが壊れる。深夜に帰宅。

 

10月は一年ぶりに福岡にいる。晴れ女なので天気予報を覆す。福岡空港ってこんな感じだったっけ、という感想。博多でもつ鍋を食べる。風邪をひいた体に染みる。北海道に比べるとだいぶ暖かい気候。一年前も思ったけど、博多は札幌よりも都会だ。2日目に初めて下関に行く。食べたことない魚の寿司。フグは想像と違う味、かなり淡白だけど嫌いじゃない。水族館ではしゃぐ。イルカショーのうしろは綺麗な海。温泉。めっちゃおっぱい大きい女の子がいる、羨ましい。初めての瓦そば、美味しい。帰る頃にはかなり体調が回復。旅行は薬。福岡への旅行は毎回駆け足すぎて満足感に欠ける。北海道から遠すぎて気軽にいけない。といいつつ、帰ってきてすぐ次に福岡へ行く予定を考える。

 

11月。飛行機に乗った話ではないけど、両親を連れて旭川へ行く。かなり雪が積もってる。旭山動物園行きのバスがぎゅうぎゅうで機嫌が悪くなる母をみて機嫌が悪なる自分。動物園に着けば機嫌が良くなる。ホッキョクグマが生き生きする寒さ。カピバラは室内に避難。ペンギンが直立して寝てる。中国人だらけ。帰りのバスでキリンを見てくるのを忘れたと言い出す母。旭川で有名なラーメン屋。おすすめが味噌だろうが構わずどこでも塩ラー。美味い。かなり古いスーパーを見学。老舗のたい焼き屋。帰りの電車の中でたい焼きを食べてしまう。もう旭川へ行くことは暫くない。もっと道内で旅行すれば良かった。寂しさ。

 

 

楽しかったことはちゃんと覚えている。毎日どんなに仕事が嫌でも、この日のためにお金を稼いでるんだなって思えた。知らない土地を歩くことはいつも新鮮で非日常を感じる反面、そこに暮らす人たちの生活を感じ愛しい気持ちになった。まだまだ行ったところがない場所へ行きたいし、食べたことないものを食べたい。今年は良い旅行がたくさんできて幸せ。来年はあんまり遠くへ行けないと思うけど、引越した場所で知らない事をたくさん知ろうと思います。

とうとう僕らの順番がやってきた

 

人が突然死ぬということについて、また最近よく考える。

 

ここ最近の病棟は、入退院を繰り返してきた患者さんが亡くなることが続いていて、その患者さんたちとは結構仲良くしてきたのでとても悲しく感じている。

入退院を繰り返すということは少しずつ悪くなっていて死へ向かっている過程だということを、今年の春にほとんど寝ていた退院支援の研修で聞いて、当たり前だけどそうだなと思ったのを いまいまになり実感している。悪くなっていっているけど、少しでも家に戻れる時間を作れるように支援することが大切だと。病院で亡くなる人は多いが、最後を自宅で迎えたいと希望する人も同様に多く存在している。わたしだって病院で死にたくない。でも結果的に少しでも長く生きるための治療を行うのなら最後は病院になってしまう。

亡くなったひとたちはそれで良かったのか、わたしには判断が付けられない。当の本人たちは話すことも出来ないほど病状が悪くなり意識を失って、そのまま眠るのと何も変わらない というように心臓を止めてしまったので。まさかこんなに早く悪くなるなんて、わたしの考えが甘かったのか、神様の気まぐれか。運命か。病気と一緒に生きると言うことは、いつかその日がくるということなのではあるがまだ大丈夫だってきっと家族も思っていただろうに。

 

そうして、また冬になるとどうも血管がブチ切れたり詰まったりする人が増えてくる。それこそこれが本当の突然の死なのだけど、本当に寝る前まで普通に話していたのにそのあとトイレに起きてぶっ倒れた、みたいな話は珍しくなく、毎日のように救急車で患者さんは運ばれてくる。自分の周りが健康に生きてる人だらけなのが不思議なくらい、人間たちがバタバタ倒れて病院に来ているという事実。健康な方がおかしいんじゃないかとさえ思えてくる。

わたしは自分がやった正しいと思うことは褒めてほしいと思う人間なので、書きますけども、お店で人が急に倒れたときに先輩と一緒に少しだけ手助けをしました。でも病院内じゃないとどうしたらいのか、はっきり言って分からなかった。初めて行った場所だったし、お酒飲んでたし余計に。じゃあもしそれが道端だったらもっと分からなかったと思うし、更には一人でいたら勇気を持って蘇生にとりかかれるだろうか と考えて怖くなった。蘇生方法を知っているのに。わたしはその程度の人間なんだな。白衣を脱いだらしょうもない人間で、本気で吐きそうなくらいに自分が嫌になって、ちょっと泣いた。お店では倒れた人の近くにいた人達は席から立つこともなく、ただ黙って見つめていた。なんと冷たい視線だろうか。お前らもいつ死んでもおかしくないというのに。でもわたしだって一人でいたらきっとそうなんだ、どうして。どうして、こんな自分がとてもきらいだよ。

ふと夏に転職活動していたある日のことを思い出す。駅前で立って時間を潰していたら、救急車が目の前に来て路地に入ろうとしているところを遠慮なく歩いていく人たちの多いこと。救急車の動きを妨げる、その意味を彼らは分かっているのか?車両進入禁止の標識が立っていた。救急車はさらにその奥へ進む必要があったようなので、わたしはその重い標識を持ち上げて道をあけた。ほかにも立っていた人はいたし、その間も救急車の前を歩いていく人たちがいた。わたしだけだった、あの瞬間に救急車を通らせようとしていたのは。お前らの人生に関係の無い人は死んでもいいということなのか。急に怒りが湧いてきて、だけど今のわたしも同じじゃんとおもって涙がぽろぽろこぼれてくる。

もし、自分と一緒にいる人が倒れたらどうする?わたしは一般的な蘇生方法を知っているけど、きっと怖くて泣いてしまってまともにできないよ。他の人に声をかけてもらって助けてもらいたい。だから、わたしがまずはそうならなくちゃいけないって思った。野次馬根性で他人の死に無関心な人間たちと同じでいたくない。だってさ、自分の知らない人にだって大切な家族や友人がいて、その人の生活があって、その人が支えているものがあって、その人の人生は他人には測りえないものなんだよ。自分と関係ないからどうでもいいって、じゃああなたの家族がどこかで倒れた時にみんなが何もしてくれなかったら 許せるの?って話。顔も覚えてない他人への怒りは、自分に対しての怒りで、八つ当たりで、わたしは本当にどうしようもないと思う。

突然死ぬって意外と当たり前にそこらじゅうで起こっていることをもっと知ってもらいたい。今日生きていたことは、実はすごいって。毎日救急車は病院にきているって。病院から患者さんがいなくなることはないって。だから蘇生しなくていいからせめて救急車の前を平気で歩いたり、倒れた人を黙って冷たい目で見つめたり、そんなことはもうやめてください。お願いします。

 

わたしが急性期看護を一旦やめて緩和ケアに行く理由の一つに、突然死は防げなくて自分の無力感がとてつもなく強いことがある。人は必ず死ぬ。だからせめて死ぬとわかっている人の最後の痛みをとって願いを叶える手伝いをしたいと思った。はじめての自分の病棟で行った緩和ケアは上手にできなくて、後悔ばかりでしばらく泣いてばかりいた。そういう時でさえ悲しんでいたのは病棟で自分だけだった。もっとちゃんと緩和ケアしたいって思ったから、そっちに行くけど、でもある意味急性期からの逃げでもある。突然死に耐えられない自分。すべての出来事を真摯に受け止めて対処しようとしても無理なのは分かっているけど。

また急性期で命と向き合いたいと思う時が来るだろうか。それはまだ分からないけど、でもきっとわたしはどんな形でもだれかの人生の命と付き合い続けるんだなと思う。もうこれは呪いだね。前世でどんだけ悪いことをしたんだろう、たくさん人を殺したのかな。

 

今日もわたしの好きな人たちが生きていたことがうれしくって愛おしくて、神様がもしもいるのなら本当にありがとうとおもう。そうやってずっと生きられないことをいつも目の当たりにさせられているから、そのいつかに怯えながら、でも、だからちゃんと大切にして生きたいと思います。

時間も、生きてることも、今当たり前にできてることも、全部有限なんだとちゃんと分かっていても普通にしていたら忘れちゃうし、わたしはわたしを大切にしてくれる人達にそういうことを甘えてしまっていると思う。連絡するとか、ちゃんと言葉にするとか、わたしは苦手なので。そういうことは大切な時がきたらでいいと思っている。大切な時っていつ?わたしはみんなからもらってばかりいる。こんなチラシの裏みたいなインターネットの掃き溜めにどれほど自分の気持ちを書いたって、わたしの好きな人たちには1ミリだって伝わらないのにね。

いつかわたしたちの有限がおわる日がくる。それは宣告されてからかもしれないし、突然かもしれない。病気じゃなくたって交通事故や頭のおかしな人に巻き込まれたり、そういうことはテレビのニュースから飛び出して自分に降りかかるかもしれない。明日が無いかもなんて思うから今が輝くとしても、怖いね。もう家から出るのやめてずっと一緒にいよう、そうしよう。

終わりがないこの話。呪われている。でも生きててよかった。

かみさまのなまえを僕らは今日知ってしまった

 

今日は職場で先輩にあたまを叩かれた。

 

そこだけ切り取るとめちゃくちゃな話になるから経緯を書くと、重症患者を受け持っていて慌ただしく過ごしている所に入院まで来たので、一緒に部屋持ちしてた先輩が全部フォローしてくれた。という流れで別の先輩に、コラー!って叩かれたんだけども。

しっかりしろという意味にしても叩かれる意味が分からないし、なんなら痛かったし。

 

親に叩かれたはことあるけど、そんなの言葉で理解できない子どもの頃の話であって大きくなってから叩かれたことなんてない。DVするような人と付き合ったこともないから、恋人にも叩かれたことがない。友達は穏やかだから、もちろんそんな事しない。

今日初めて分かったけど、ひとに叩かれると傷つく。

じぶんでいつもどこかにぶつけて出来た内出血の方が絶対痛いのに、でもしばらく叩かれたところがジンジンしてた。物理的な痛みではなさそうであった。どうして悲しいのか上手く言葉にできないけど、ただただ悲しく、そこに痛みは残っていた。

わたしはずっとずっと大切にしてもらっていたから、こういうことに上手く気持ちが追いつかないようだった。

 

なんだか突然、中学生のころに虐められていたことを思い出した。わたしが、というよりわたしがいたグループが虐められていたんだけど。

理不尽な痛みってこんな感じだっただろうか。もう10年近く前のことなので、こころはすっかり痛みを忘れてしまっていたようだ。

これは、たぶん間違えている持論なんだけど、痛みを知っている人は知らない人よりも他人を傷つけないってこと。辛かった中学生活のことのほとんどを忘れた。中学の頃のことを一緒に話す人がいないから、思い出すことも無いし。でも、痛みは忘れない方がきっといいだろう。今日思い出したよ。優しくなろうと強くなろうと思って生きてきたわけじゃないけど、そういうふうになってしまったのはあの頃があったからなんだと思う。自分がされて痛かったこと、辛かったこと、悲しかったこと、全部、他の人にはしないって。それがただしい優しさではないにしても、人を傷つけることは無いだろう。

わたしみたいじゃない人もいたから、だからこれは間違えている持論。されたことをやり返す人もいる。わたしは、みんなが優しくて傷つけ合わない世界になってほしいけどね。せめて視界に入る世界くらいはね。

だからさ、もう忘れないよ。わたしは誰のことも死ぬまで叩いたりしないよ。それはとても深く傷つくから。人を叩きたいと思ったことがないし、叩いたことないし、果たして今後叩きたくなることがあるのかも分からないけど。冗談であっても、悲しいということ。

 

その手は人を悲しませるために使ってはいけません。たいせつなひとや犬をぎゅっと抱きしめるために使ってね、人類。

美しく生きたいと思います。

 

気づけばもう11月。

今年は特に色々なことがあったけれど、紅葉した木々の葉が落ちているのを見たり、昼間でも冷たい空気に触れていると、平等に冬はやってくるのだなと厳しい気持ちになってきます。

2019年を振り返るには少し早いけれど、でも今年はすごく人生を変える1年になったと思います。自分の死生観と向き合ってこれからどのように働いていくのかを考えて、転職活動をしたというのはたぶん死ぬまで覚えているんだろうなあ。そして憧れだった東京を選んだということ。わたしの人生にとってはとても大きな出来事のように思う、案外とんとん拍子で話が進んだけれども。

もう何回も言ってきたように思うけれど、わたしは本当に周りの人に優しく育ててもらいました。育ててもらってるあいだは不満だらけだったけどね。 わたしがこういう人間になれたのは、両親、友達、優しく接してくれた大人たちのおかげなのでしょう。優しくなかった人間もたくさんいるし、そのせいで傷ついたこともたくさんあるけど、全部あわさって良い方になったからきっと運が良かったのかもしれない。

この間、久しぶりに宇宙の本を読んだ。

わけのわからないほど大きな宇宙空間にある小さな地球の中に生きていて、すったもんだやっているのがバカバカしいを通り越して怖いと思った。生きている理由とは…と、悪い癖が出て勝手に悲しくなって色んなことをぐるぐる考えたりした。

たまたま地球に生まれて、色々なことがあったけれど運良くこんな人間になったこと、それに意味をつけるとしたら、たまたまおなじ地球に生まれた人たちを幸せにすること。それくらいしか思いつきませんでした。意味というよりも、わたしがやるべきことという使命感、という表現の方がぴったりと当てはまるかもしれない。そもそも、次の仕事はそういう使命感の元に選んだことだ。わたしにしか出来ないことをやりたい、やるべきだ、と。

自分を買いかぶりすぎだな、と笑えてくる。わたしは立派な人間なんかでは無い。

どこかで読んだ話だけれど、「前世であまり良い事をしなかったから現世では人のために働いている」というものをずっと覚えている。わたしは幽霊も、輪廻転生も、信じていない。そんなものがあったら怖いから。本来なら一度の人生で挽回した方が良いとは思うけれど、前回の人生でどうしようもなくて、もし輪廻転生できたとしてそれを償える機会があるなら、それはそれでちょっと良いなと思ったんだ。もしかしたらわたしも前世はどうしようもなく悪い人間だったのかもしれない。立派な人間じゃないのは償ってるからなのかもしれない、なんてね。信じてるわけじゃないよ!

ひとを幸せにしたすぎて、1度だけ泣いたことがある。悲しいとか嬉しいとか、そういうことでもそれほど普段は泣かないのに。もしかしたら煙草の副流煙が目にしみて涙が出ただけかもしない。それは今まで書いてきた、全人類に対する使命感による幸せにしたいではなくて、たった一人の人間に対してわたしの我儘としての幸せにしてあげたい、です。そんなふうに思ったことがないから、自分にもそういう気持ちってあったんだ…と驚いた。

わたしのお母さんはよく、失敗してもいいから一度は結婚した方がいいよ、と言います。別に結婚したいとあまり思わないから聞き流してきたけれど、今ならちょっとだけ言いたいことが分かるような気がする。結婚=幸せとは一言では言えないけれど、そこに至る過程だとか、家族を持つということだとか。

ひとを幸せにするということはとても難しいように思う。

わたしは自分の気持ちをその場で整理して話すのが苦手だから、あんまり思っていることを瞬間的に口に出す事はしないけれど、生まれたてほやほやの赤ちゃんみたいな感情を拙い言葉でも伝えたいときだってある。だからわたしはその人に言いました、幸せにしたいって。もっと下手くそな日本語を使って何か言ったけど、結局のところ言いたいことは幸せにしたいというわたしの我儘で、誓いで、祈りのようなその気持ちが全てです。

幸せにしたいって心の底から思ってるよ。

ひとを幸せにするということはきっととても難しい、わたしにできるか分からない。方法もよく分からない。こんなに色んな人から大切に優しく育ててもらったのに、このザマです。全人類を愛おしく思い幸せを祈るまえに、たった一人のひとを幸せに出来ないでどうするんだと思います。

あとどのくらい生きて、あとどのくらい良いことをして徳を積んで、あとどのくらい祈れば、幸せにできるのだろう。

そう思うと、自分が地球に生まれた意味なんてどうだって良いような気さえしてくる。好きな人たちが生きている今日があることが幸福だと、推しの部屋の壁や床や天井になりたいオタクみたいなレベルのことを考えてしまうよ。わたしはとっくに幸せで、さらにはひとを幸せにしたいという贅沢なわがままを言うくらいには幸せなんだろうね。

好きな人たちが今日も生きてて本当によかった。まだ知らない人もどこかの誰かと楽しく笑って、健やかに眠る夜がちゃんと来て良かったね、と……意識してないとすーぐ博愛主義みたいなことを書き出してしまう…。全人類の幸せはわたしの力ではどうにもならなく、ただの部外者の祈りでしかない。本当にみんなが幸せでいてほしいとは思っているけど全てに関与はできないのが現実だ。だけど一人なら、わたしの力でどうにかできますか、神様。

幽霊はいないけど、神様はたぶんいる。神様がいてほしいと思う限り、ちゃんといる。

神様に幸せにしてもらうんじゃなくて、わたしが幸せにしたいっていうのはちょっと不遜かもしれないなって今思った。それでもわたしが幸せにしたいと思ってしまったので、神様許してください。

明日も明後日も、来月も、その先も、幸せにする方法を探すから生きていたい。一日でも多く幸せにしてあげたい。我儘ばっかり言ってる。

お腹すいてきたし眠くなってきた。もう一度眠ってもまた目が覚めてこの気持ちが消えませんように。

運命の人は3人いるんだって

 

って友達が言ってた。

3人って、それが恋愛に限る話だとしたら、1人は結ばれてあとの2人はどうなるの?その2人にもまた自分以外に別の2人がいて誰かを選ぶってこと?って今になってモヤモヤしてきた。

 

神様がいたらいいなって思うから、神社が好き。道の駅のスタンプみたいな軽い気持ちで神様のサイン(御朱印)集めてさ、お賽銭入れて長ーい長ーいお願いごとをして、今日もお守りを買った。

そしておみくじを引いたんだけど、なんていうか今の自分に当てはまらないなと思うと途端に興味がなくなるっていうか、当たってないよこれ!って急に思ったの。これからのことを占ってるんだから、今の話をしたってしょうがないのに、明日も明後日も、来月も、来年だっていま信じてるものがずっと変わらないって思い込んでるから、決めてることがある時はおみくじを引くのやめようかなって思っちゃった。そして今思ったけどおみくじの値段って消費税5%の頃から100〜200円で増税関係ないね。

何か占いする時は、自分が決めたことを後押ししてくれる答えを望んでいる。違うこと言われると落ち込む。間違えてないって確証がほしくても、人生は誰にもわからなくて、結果が出ても間違えたかどうかがハッキリ分からないことが山ほどある。じゃあ占いなんていらなくない?って話だし、だいたい人から何言われても自分の意見通してんだよみんな。そういうものなのだ。どうして正解(ほかの人の意見)を求めるのかというと、それはまだわたしの研究で明らかにはなっていないけど、たぶん、義務教育では答えがひとつしかないものばかり習ってきたからだと思う。こうあるべきだという答えをみんな探すくせがついてるんだね。それで問題解いたあとの答え合わせ的なノリ、そういうことにしておきました。とりあえず。

 

それで運命の人の話に戻るけど、運命の人ってなんだよって思いませんか?めちゃくちゃ疑問符出るよなぁ??

わたしさ、インターネットがない時代に生まれてたら終わってたよマジで。インターネットが無かったら、美味しいものも綺麗な景色も良い音楽も話が合う人を見つけるのも、限られていたということではないか。この辺にそんな良いものあると思う?びっくりするくらい何もないんだよ。幻滅することばかりだけど、ここ以外を知らないから ここで生きてここで死ぬしかないって思ってたはずだ。最悪な人生になるところだったわ、危な。ここより楽しい場所があるから出ていこって知ることが出来る時代でよかったな。

で、インターネットがなかったら、このへんのじじいの中からしょうもない運命の人を探してたわけ??って思うじゃん。あのなぁ運命の人とかかっこつけてるけど、人間はよく会う人を好きになるんだから出会った中から選んでんだよ運命もクソもあるかボケって。だから自分の行動範囲を広げて出会う人(分母)が増えたら、この辺の人よりも良い人がいるかもしれない。しかし分母が増えた分だけまた探すのも大変な話で、じゃあやっぱり数多の人間の中から見つけて仲良くなれるのだったら運命の人っていうのは言い過ぎでもないのだろうか。

 

今まで自分が好きになった人と上手くいったことはないけど 付き合いたいって思った人と付き合ったらすごく楽しいって、話してくれた。幸せそうでいいなと思った。

あるあるな話だけど、自分は好きじゃないけど 付き合おうって言われたから付き合ってみるっていうのは、結局のところ好きになれないで終わるのだ。わたしだけじゃなかった。最初に出会った時からきっと決まってるよねって話をした、たぶんそう。それで自分はこういう人が良くて、こういうのはダメだっていうのが色んな人といるとわかってくる。自分を好きになってくれた人を好きになれないことは悪いことではないけど、そうやって好きとか嫌いとかが分かるようになるまでに何人傷つけたのだろうか とも思う。

自分自身をすごく自分勝手だなと思うし、でも世の中の人たちってだいたいそんな感じのような気もするけど、友達が今幸せならそれでいいんじゃないかなって思うわけで全然相手の不幸を同情したことない。わたしの好きな友達が幸せになるほうをいつも選んでくれと思う。上手く言えないけど 誰かの不幸の上に幸せは成り立つのはもうしょうがないことで、誰かのなりたかったなにかにみんなそれぞれなっている。めちゃくちゃ冷たいよなあ、わたし。市内で1番優しい自信あったけど、そんなでもねえな優しくねえなって気づいた。結局じぶんの関係ある人の外側になんて普段は目が向かなくて、そっち側は部外者だから幸せも不幸せも知らね〜って話になる。みんなそういうもの?

去年のブログ読み返してたら、全員に大切な人がいて人生あるんだよな〜みたいなこと書いてた。そりゃそうだ。そういうの忘れがちだな。全人類に気を配るなんてできないけど、"自分の関心のある人に関わってる人"くらいまでのことは考えられる人間になりたいなって思った。自分が直接関わってないと他人のことなんてピントが合わないし、そこにピントを合わせて大事なところを疎かにしちゃ意味が無いから、ぼやけてても視界に入れておく くらいがいいのかなぁ。自分に何が出来るわけでもないけど。というか関係ない人間がなにかしようとする方が気持ち悪いから、やっぱこれでいいです。みんなそれぞれに関心のある人がいるんだからそこでやりくりしていくはずで、他人じゃなくてその人に何かをしてもらいたいって思うじゃん。だからわたしが自分を責める必要もなかったな。それでもやっぱり見てる場所が狭かったなとは反省するが。人間多すぎなんだな、それが悪い。そう。

 

夜中から書き始めて寝落ちして、2時間おきに中途覚醒してまだ書きたいことあったけどもう終わりにする。結局書いてて多少は意味が分かるが全体的にわからないブログなったな。運命の人が3人って結局なんなんだろうな。

ていうか最近ほんと中途覚醒多いし眠り浅いせいで夢ばかり見て疲れる、さっきもよくわからない夢見てた。つらみ。

君の大丈夫になりたい

 

ようやく、「天気の子」をみにいきました。

本当に本当に新海誠作品が好きで、2017年に東京の国立新美術館まで新海誠展を見に行ったのに、公開から2ヶ月経って、ようやく。オタクの腰は重い。

 

結論から言うと、「君の名は。」の方が好きだった。でも「天気の子」がダメという話ではなく、それとこれは全くの別ジャンルとして捉えた方が良いと思います。「君の名は。」のような作品を期待してみると、裏切られた気持ちになるかもしれない。ちょっとなりました。勝手に期待しておいてそれは無いだろという話である。オタクはいつも自分勝手。

 

 

※ネタバレあります

 

 

まず良かったところは、相変わらずの風景の美しさ。一番好きなのは、帆高がフェリーに乗って初めて東京に来たシーン。降りるちょっと前のシーンで、海から東京の夜景がみえる。たぶん予告編でもあったと思うけど、ここがいちばん美しい。ほんと少しの時間のシーンなんだけど。それから、神宮外苑花火大会のシーンだなあ。綺麗すぎて泣いちゃった。作品全体の雨の描写はさすがと言わざるを得ないですね。言の葉の庭を思い出したりもした。

シーン別の好きなところは、帆高が東京に来る前の雨の中自転車で走っているところ、陽菜に東京に来た理由を話して陽菜がそれ以上なにも突っ込まずに頷いていたところ、ホテルで消えかかっている陽菜に指輪を渡してプロポーズしたところ。空から指輪が降ってきたところ。

じゃあ次にいらないなと思った設定。帆高が拳銃を拾って誤って発砲するの、必要だろうか。絶対にいらないと思うのはわたしだけ?そして陽菜が18じゃなくて15歳だっていうのも完全にいらない話で、警察に追われなくてもこの世界の話は成り立ったし、「君の名は。」のように"運命"としてこの出来事が起こったというように話を持っていったほうが感動できたと思う。愛にできることはまだあるかい ではない。まず法に触れないところからはじめてくれ、という気持ち。

地味に感動したのは「君の名は。」の登場人物が東京で生きている描写があったことなんだけど、でもあの"運命"の出来事があったあとに東京が水没ってどうなんだろうとも思いませんか。三葉たちの生活が…!って思っちゃった。瀧くんのおばあちゃんが「江戸はもともと海だった」みたいな話をしていたけど、三葉のおばあちゃんの結びの話のようなありがたさは無くて、もともとこの世界はこうだったって言われても全然美談にならない。そしてなんで東京だけなんだ?という疑問も。設定がよく分からない、小説読めば解決するのかな。

3年間雨が降り続けて、街が水没するっていうのは夢のまた夢のような話な気がするけど、ついこの間東京に行った時台風で 有り得ないくらい雨が降って窓が壊れるんじゃないかというくらい風が吹いていたのを思い出して、これは作り話なのか今後起きることを予想しているのか境界線が曖昧になっていく気持ちだった。神様とかそういうの、結構ほんとうにあったらいいなって思う質だから設定としてはすごく好き。

 

世界はいつものように、昨日と変わらない今日だった。でも自分たちだけは、昨日と全然違う今日を生きていた。本当はみんなそうなのかもしれない、他人には見えなくて自分にだけは見える昨日と違う今日があって最高だったり最悪だったり。そういうことを繰り返して歳をとっていく。まあそういうことにしておきましょうという感じでした。