明日が来なければいいのに

今君に素晴らしい世界が見えますか

美しく生きたいと思います。

 

気づけばもう11月。

今年は特に色々なことがあったけれど、紅葉した木々の葉が落ちているのを見たり、昼間でも冷たい空気に触れていると、平等に冬はやってくるのだなと厳しい気持ちになってきます。

2019年を振り返るには少し早いけれど、でも今年はすごく人生を変える1年になったと思います。自分の死生観と向き合ってこれからどのように働いていくのかを考えて、転職活動をしたというのはたぶん死ぬまで覚えているんだろうなあ。そして憧れだった東京を選んだということ。わたしの人生にとってはとても大きな出来事のように思う、案外とんとん拍子で話が進んだけれども。

もう何回も言ってきたように思うけれど、わたしは本当に周りの人に優しく育ててもらいました。育ててもらってるあいだは不満だらけだったけどね。 わたしがこういう人間になれたのは、両親、友達、優しく接してくれた大人たちのおかげなのでしょう。優しくなかった人間もたくさんいるし、そのせいで傷ついたこともたくさんあるけど、全部あわさって良い方になったからきっと運が良かったのかもしれない。

この間、久しぶりに宇宙の本を読んだ。

わけのわからないほど大きな宇宙空間にある小さな地球の中に生きていて、すったもんだやっているのがバカバカしいを通り越して怖いと思った。生きている理由とは…と、悪い癖が出て勝手に悲しくなって色んなことをぐるぐる考えたりした。

たまたま地球に生まれて、色々なことがあったけれど運良くこんな人間になったこと、それに意味をつけるとしたら、たまたまおなじ地球に生まれた人たちを幸せにすること。それくらいしか思いつきませんでした。意味というよりも、わたしがやるべきことという使命感、という表現の方がぴったりと当てはまるかもしれない。そもそも、次の仕事はそういう使命感の元に選んだことだ。わたしにしか出来ないことをやりたい、やるべきだ、と。

自分を買いかぶりすぎだな、と笑えてくる。わたしは立派な人間なんかでは無い。

どこかで読んだ話だけれど、「前世であまり良い事をしなかったから現世では人のために働いている」というものをずっと覚えている。わたしは幽霊も、輪廻転生も、信じていない。そんなものがあったら怖いから。本来なら一度の人生で挽回した方が良いとは思うけれど、前回の人生でどうしようもなくて、もし輪廻転生できたとしてそれを償える機会があるなら、それはそれでちょっと良いなと思ったんだ。もしかしたらわたしも前世はどうしようもなく悪い人間だったのかもしれない。立派な人間じゃないのは償ってるからなのかもしれない、なんてね。信じてるわけじゃないよ!

ひとを幸せにしたすぎて、1度だけ泣いたことがある。悲しいとか嬉しいとか、そういうことでもそれほど普段は泣かないのに。もしかしたら煙草の副流煙が目にしみて涙が出ただけかもしない。それは今まで書いてきた、全人類に対する使命感による幸せにしたいではなくて、たった一人の人間に対してわたしの我儘としての幸せにしてあげたい、です。そんなふうに思ったことがないから、自分にもそういう気持ちってあったんだ…と驚いた。

わたしのお母さんはよく、失敗してもいいから一度は結婚した方がいいよ、と言います。別に結婚したいとあまり思わないから聞き流してきたけれど、今ならちょっとだけ言いたいことが分かるような気がする。結婚=幸せとは一言では言えないけれど、そこに至る過程だとか、家族を持つということだとか。

ひとを幸せにするということはとても難しいように思う。

わたしは自分の気持ちをその場で整理して話すのが苦手だから、あんまり思っていることを瞬間的に口に出す事はしないけれど、生まれたてほやほやの赤ちゃんみたいな感情を拙い言葉でも伝えたいときだってある。だからわたしはその人に言いました、幸せにしたいって。もっと下手くそな日本語を使って何か言ったけど、結局のところ言いたいことは幸せにしたいというわたしの我儘で、誓いで、祈りのようなその気持ちが全てです。

幸せにしたいって心の底から思ってるよ。

ひとを幸せにするということはきっととても難しい、わたしにできるか分からない。方法もよく分からない。こんなに色んな人から大切に優しく育ててもらったのに、このザマです。全人類を愛おしく思い幸せを祈るまえに、たった一人のひとを幸せに出来ないでどうするんだと思います。

あとどのくらい生きて、あとどのくらい良いことをして徳を積んで、あとどのくらい祈れば、幸せにできるのだろう。

そう思うと、自分が地球に生まれた意味なんてどうだって良いような気さえしてくる。好きな人たちが生きている今日があることが幸福だと、推しの部屋の壁や床や天井になりたいオタクみたいなレベルのことを考えてしまうよ。わたしはとっくに幸せで、さらにはひとを幸せにしたいという贅沢なわがままを言うくらいには幸せなんだろうね。

好きな人たちが今日も生きてて本当によかった。まだ知らない人もどこかの誰かと楽しく笑って、健やかに眠る夜がちゃんと来て良かったね、と……意識してないとすーぐ博愛主義みたいなことを書き出してしまう…。全人類の幸せはわたしの力ではどうにもならなく、ただの部外者の祈りでしかない。本当にみんなが幸せでいてほしいとは思っているけど全てに関与はできないのが現実だ。だけど一人なら、わたしの力でどうにかできますか、神様。

幽霊はいないけど、神様はたぶんいる。神様がいてほしいと思う限り、ちゃんといる。

神様に幸せにしてもらうんじゃなくて、わたしが幸せにしたいっていうのはちょっと不遜かもしれないなって今思った。それでもわたしが幸せにしたいと思ってしまったので、神様許してください。

明日も明後日も、来月も、その先も、幸せにする方法を探すから生きていたい。一日でも多く幸せにしてあげたい。我儘ばっかり言ってる。

お腹すいてきたし眠くなってきた。もう一度眠ってもまた目が覚めてこの気持ちが消えませんように。