生活と思想

今君に素晴らしい世界が見えますか

僕たちはいつか墓となり土に戻るだろう

 

今朝、地震の夢をみた。

 

去年の今頃、震度6の地震が来たのは夢じゃない。たしかあれは午前4時よりちょっと前のことで、大きく揺れ始めた時は夢だと思っていた。

壁にかけていた時計が落ちて時間が止まって、そのあとに停電して、あぁこれは夢ではなかったのかと実感した。

停電したこと以外に困ったことは何一つなくて、いつも通り仕事をしたし、被害の大きかった町で人が亡くなった話はどこか別世界の話に思えた。それなのに数日間は怖くて1人で眠れなかったので犬と寝ていた。

 

それからさらに時間が経って元気になった頃、自転車で駅に行く途中、横から出てきたランクルとぶつかって転んだ。痛くなかったからそのまま仕事に行ったら、着替えてる時にめちゃくちゃ内出血していることに気づいて急に痛くなってきた。

人って簡単に怪我するじゃん!って初めて思った。保険金が出るというので、大した怪我でもなかったけれど3週間病院に通って内服薬と貼付薬をもらった。

健康なのでいつの間にか綺麗に治っていた。

 

地震があって怖かった日があったことも、事故にあって怪我をして痛かった日があったことも、生きていたらすっかり忘れてしまう。あんなに大きな出来事のように感じていたのに。

それと同じところに並べちゃいけないけど、失恋した日に大泣きしてもう生きていけないと思っていたのに、何故か普通に生きてきたし、今年は全然その人のことを考えなくなったし、人ってぜんぜん丈夫じゃん。それに代わりなんていないって思っていても、そのポジションに収まる別人がいるんだから怖い。怖すぎる。

生きていたら数えきれない出来事が起きて、たくさんの人と出会ってそのうちの何人かと親しくなる。一つ一つのことを深く考えているのが馬鹿らしくなってしまう。だけどそれは、今日まで生きていたからだ。明日があるって信じているからだ。

もしかしたら今日食べるご飯が最後で、今日話すことが最後で、聴く音楽が最後で、読む漫画が最後で、煙草に火をつけるのが最後で、目を閉じて眠るのが最後かもしれない。

明日はあるってなんだか分からないけど自信がある。でも1ヶ月後はどうだろうか、というのはいつもある。だからずっと先の約束をするのが苦手だ。

ずっと早く死にたいって思ってる。

なのに、人生は明日終わってもおかしくないのに全然終わる気配がないし、終わらないって思い込んでいる。1ヶ月後も、1年後も生きてしまっているだろうって。ハチャメチャに怒ったり泣いたり喜んだりしても、その感情が薄くなってしまうし、そんな特別な日より普通に仕事をして生活をするだけの日が圧倒的に多いから、未来に楽しみが欲しくなっちゃう。矛盾だらけの人生だ。

どんだけ明日があるか分からない、ひとって簡単に怪我するし死ねるんだって、思い知らされたところで、馬鹿だから信じないんだ。自分にはまだ関係ないって。

アー 明日も、来月も、来年も生きていたい。まだ、死ぬのはもうちょっと先に。まだやりたいことあるし。後悔しない生き方なんてあるのかな、無さそうだな。あの時ああしてればよかったってあと何回後悔するんだろう、大事な時こそ明日はないかもって思いたい。

 

明日は実家の犬に会いに行く。地震の夢をみたから。明日はあるってまた信じてる、ばか。でも人生の諸事情により明日です。