明日が来なければいいのに

今君に素晴らしい世界が見えますか

勝手に考えてろ脳みそ

 

みんな上手く人に馴染めている。というより、もともと人だからそうであるべきなのだろう。

わたしは今日の忘年会も本当にしんどくて、何度かトイレに逃げたし、時々iPhoneを触って真顔になってしまった。席も目立たないところに座ったので、隣にいた人以外とはほぼ口を聞いていない。

忘年会の余興で、前前前世に合わせてオタ芸という薄ら寒いものを見せられて、とても悲しくなった。彼らはこんなことを大人になってもしなくてはいけないのか。わたしがあそこに居なくて良かった。わたしは小学校の学芸会の頃から高校生の学祭の時まで、なるべく目立たない役割を選んできた。わたしはあんなふうに薄ら寒いことをして笑いを取りに行くなんてことは出来ない。まるで学祭のステージで男子がとりあえずスカートを履いておけばウケるみたいなノリ。どんな精神環境で生きてるんだよ、みんな。

前前前世で「君の髪や瞳だけで胸が痛いよ」という歌詞がある。わたしはそういう誰かひとりがいたらいいんだってずっと思ってた。君の名は。が公開されたあの時はそういうひとりがいた。そういう忌まわしい思い出も相まって、なんでオタ芸なの……そう思わずにいられなかった。軽く憎しみを感じた。

何も面白くない。ちっとも笑えない。

人間って憎たらしいなと日々思う。なんだかんだみんな上手く人として生きているのに、どうしても人としてわたしは上手く形をたもてないよ。みんなが笑うものを素直に笑えないし、みんなが楽しく話してることを楽しいと思えないし、こんなことになんの意味があるのだろう。早く終わって欲しい。早く人間もいなくなってしまえ。そう思っちゃう。

ずっとそう。

1対1なら上手に人として人と対話することが可能だけど、それ以上になると途端に馴染めない。場に馴染んでいるかのように目立たないでそこにいることはできるけど、心ここに在らずみたいな感じでわたしの精神が浮くのだ。だんだん人の形が崩れていく。陰キャ陰キャで群れるけど、そういのとも違う。わたしは群れることが出来ない、精神的に。複数の人間と心を通わすことを極端にできない。

そういう現象に1人残される人の気持ちを考えたことがありますか?普通の人(?)はそういう現象というものがあることを知らないと思いますが。わたしだって他にこんなこと言ってる人見た事ないし。

わたしはいつ死んでもいいんです。そう話した時に、自己肯定感が低いんだね。と言われたことがあるけど、別にわたしは自分がクソでカスで役立たずだ!だから死にたい!等とは思っていない。ただ何も期待できないし、期待したところで実際に特別何か成し遂げることも無いからここで死のうが、明日死のうが、3年後に死のうが、大して変わりはないということでしかない。ていうかみんなそうでしょう?ほとんどの人がそうだと思うんだけど、でもそもそも人は生きるために生まれてるだけだし他人に対して死ねば?とは思わない。むしろみんな大切な人達がいるんだから、せいぜい楽しく生きていけばいいんじゃないかなと思う。

人のためになにかするなんてことは滑稽だなと最近思う。でも人のためになる仕事が多すぎて、人として生きるってこういうことなんだな〜という発見も同時にしたってわけ。仕事ってなんですかね。寝てる時間より遊んでる時間より仕事の時間が長いし、人ってもしかしたら働くために生きてるのかな…。益々きもちわる。

お金もらいながら地球(と、わたし)にとって害悪な人間を減らすとかできんかな。そういう仕事を待ってます!ください!転職のチャンス!!!

こんなに悪口書いたけどわたしは人間のことを愛してもいますよ。わたしに感動をくれるのも人間が造り出したものですから。愛と憎悪はきっと紙一重。でもどっちかというといなくなればいいなあって思います。わたしを含めて。

きっとちょっと考えすぎだって笑ってほしい。わたしはいつものこの調子なので遊んでる時と寝てる時以外人生楽しくない(当たり前)(普通)(俺は健康だし普通の精神状態です)(閉鎖病棟に残された日記じゃない)。でも笑ってる。でも悲しみもある。きっと明日は晴れるって言うから明日は生きれる。