明日が来なければいいのに

今君に素晴らしい世界が見えますか

真っ白な夢を見たよ 透けてしまうような

 

3週間前くらい前から肌荒れがひどい。珍しく口内炎もできて痛い。なんでだろうって思ったけど、きっと悩み事が尽きないからだろうと言う結論に至った。社会のせい。

早く死にたいなんて言うとやめなさいとか、生きててよとか言われる。でも、こんなの長く続けることが正しい生活なんだろうか。休みの日はとてもとても丁寧にご飯を食べて、お風呂に入って、洗濯物をたためる。太陽の光を外で浴びることが出来る。悲しいことを考えずに済む。そんな月に何日かある休みのことを考えることが余計に毎日をくるしめる。

 

本当のことを言えば、わたしは学生のころ昼休みにコンビニまで行って友達とこそこそタバコを吸っていた、あの時間がきっと一番好きだ。もしくは夜中に友達とドライブをした時間だったり、もしくは寝るまで好きな人と話していた時間だったりもする。

時々楽しかった時間を夢にみる。あの日が戻ってきて欲しいという願いとは裏腹に、わたしの体はどんどん年老いていく。気付けば一日が過ぎ、一週間が過ぎ、あとであとでと思ってるうちに1ヶ月が過ぎていく。こうして歳をとっていくんだ、というのが最近の感想。

 

40年生きた人にとって、23歳はずっと前に通過した事象であるために、まだ若いんだから大丈夫!というような無責任な発言が生まれる。わたしが40歳まで生きていると決まっているわけではないのに。わたしはなんにも大丈夫じゃない、15歳くらいからずっとちっとも大丈夫じゃないのだ。だから自分より若い人に無責任な感情がわかない。

交通事故にあって打撲した時、後々になって、こんなことで怪我をするということは人は簡単に死ぬんだ、と実感が湧いたものだった。そう、人は簡単に死ぬのだ。思いがけず。そして生まれた以上簡単にどこかで死んでしまう、残念ながら。わたしにとっては残念ではなく待ち遠しいことだが。

だんだん若くなくなって、元気が無くなっていく体。いつのまにか「ちゃん」付けで呼ばれなくなるわたし。悲しくて辛い。いつのまにか時間が過ぎているだけでわたしは何も悪いことをしているわけではないのに、残酷に歳をとる。全然大丈夫じゃない!という焦りは、わたしが若さに守られなくなることに対する危惧から来るものだ。体が元気だから食べすぎても大丈夫とか、寝なくても出かけられるとか、肌荒れはすぐに治るとか。失敗しても取り返しがつくとか。

でもなんだか23歳は、とっくに肌荒れを治すちからもなければ、7時間寝ても辛いし、恋愛経験も取り返しがつかない状況になっているし、職場の外に行けばわたしを「ちゃん」付けで呼ぶ人はいない。全然若さに守られていない。

はやく交通事故にでも巻き込まれて・・・とか思うのは、仕方がない。わたしは弱くてわがままだから、ずっとずーっと若さに甘えていたい。でもそうならないことを15歳から怯えている。もうどうにもならない23歳なのに怯えながら願わずにいられないんだ。

 

人生、こわい。長生きするなんて救いがない。