明日が来なければいいのに

今君に素晴らしい世界が見えますか

夜の帳に最終のJR 君を連れて消えた

 

例えば街ですれ違った知らない人には家族がいて、恋人がいて、友人がいて、職場の仲間がいて、どこかで必ずいなきゃいけない存在だっていう。神様はそういうふうに人間を作った。

ひとりの人間が死んだらどれほどの人の心に悲しみを作るんだろう。

わたしは大切な人を「死」という形で失ったことがないけれど、アニメで、ドラマで、小説で、人から聞いた話で、仕事で数々の「死」を見てきた。本当の悲しみを知らないけれど、わたしの心にそれらは確実に「悲しみに似た気持ち」を作った。そうして意味があるのかないのか、涙は勝手に心からやってきた。

泣いたら人間は救われるのだろうか。

泣いても何も変わらないのに泣かずにいられない。わたしの涙は偽物だ。わたしはその人の生きてきた本当の歴史を知らないのに、そして周りの人々の悲しみの深さを知らないのに、ただ感情移入して残された人々に同情してるだけだ。それが余計に辛い。

わたしが最初に患者さんを看取って泣いたのは去年のクリスマス前だった。それからというものの、わたしの偽物の涙はよく流れるようになった。

とてもとてもつらい。助けられるなんて傲慢なことは思わないけれど、白衣はそうでなくてはいけない服のような気がするのだ。わたしを無力感で満たし、罪悪感を植え付け、そしてその人を取り巻く人々の悲しみを伝染させる。

そんなに死ぬ人が多い訳でもないんだけれど。どうしてこんなに辛いんだろう、よくわからないね。 最近のわたしはずっとこんな調子で暗い。自分が死ぬのは怖くないのに、人が死ぬことは世界で一番怖いんだ。

お願いだから、死なないでよ。神様。こわい。